やね日記

或る大阪在住Mac使いの道楽な日々

サヴォイア家の復権

今日の日経新聞の夕刊に、イタリア上院が、イタリアの旧王家であるサヴォイア家の男子子孫の入国を禁じた、憲法経過規定第13項の見直しを圧倒的多数で承認したという記事が掲載されていました。

時代の流れと言ったところでしょうね。

ちなみにサヴォイア家とは、11世紀頃から現在のフランスのサヴォイ地方の伯として歴史に登場しますが、イタリアの有力諸侯として台頭したのは18世紀、サヴォイア公ヴィットーリオ・アメデーオ2世がサルディニア王に即位してからのことです。

その後、1831年のカルロ・フェリーチェの死によって正系が絶えた後、17世紀来のサヴォイア家の分家で初代サルディニア王ヴィットーリオ・アメデーオ2世の娘ヴィットーリア・フランチェスカの玄孫のカリニャーノ公カルロ・アルベルトが王位を継承し、その子ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世に至ってようやくイタリアが統一されました、時に1861年のことです。(ちなみにヴィットーリア・フランチェスカの夫、カリニャーノ公ヴィットーリオ・アメデーオ1世の叔父ソワソン伯エウジェニオ・マルリッツィオ(ウジューヌ・モーリス)の子(つまりは従兄)フランチェスコ・エウジェニオ(フランソワ・ウジューヌ)こそが、神聖ローマ帝国の帝国大元帥・帝国軍務総監・帝国軍事委員会総裁として名将の名を欲しいままにしたプリンツ・オイゲンことサヴォイア公子フランツ・オイゲンです。彼はカリニャーノ公家の一門だったのでサヴォイア公子と称されたわけですね。)

その後、イタリア王家として君臨してきたサヴォイア家でしたが、ファシスト党ムッソリーニ政権に加担したとされ、第二次大戦後に行われた国民投票により廃位され、かつ憲法の経過規定により長らく国外追放処分にされていました。

しかし1999年に至って、最後の国王ウンベルト2世の子ヴィットーリオ・エマヌエーレ氏が、この憲法の経過規定が欧州統合の理念に反しているとして欧州人権裁判所に提訴を行なうなど、欧州統合の動きに合わせて、憲法を見直す動きが着々と進められていたようですね。

最近、各地でかつて君主の座についていた人々の復権が進んでいますね。良いことか悪いことかわかりませんが。

それとハプスブルク帝国やオスマン・トルコ帝国といった複合民族国家に対する再評価の動きですね、確かにバルカン半島パレスチナといった地域が複数の民族が共存していたのは、皮肉にも専制的とも称されたこれらの帝国が支配していた時期でした。

これらの再評価の動きは、おそらくは民族国家がもたらした弊害があまりにも大きすぎたということと無関係では無いと思います。実際、ユーゴスラビアの内戦における民族同士の対立は激烈を極めましたし、民族浄化と称したレイプ行為をはじめとする残虐行為の数々は未だに生々しい爪痕をのこしています。

民族国家の弊害を乗り越えようとするボーダーレスの動きとそれに反抗し既得権を守ろうとする民族主義の動き。

今世紀のキーワードはおそらくはこれらの動向であろうと思いますね。

長い目で見れば、おそらくはボーダーレスへと動いていくのでしょうが、そこに辿り着くまでに、人類はまだ多くの流血を欲しているのかもしれません。