やね日記

或る大阪在住Mac使いの道楽な日々

結局は子供を抑えれない大人の自信の無さの現れかもしれない

今回の長崎の誘拐殺人事件は、大変ショッキングな事実を私たちに見せつけました。
で、また少年法の改正論議が出てきていますね。
確かに、遺族の心情を思いやれば、そのやるせなさは痛いほどよく解りますし、現状の凶悪犯罪の刑罰が軽すぎるという考えにも同感ではあります。
しかし、事はそれだけで済むのでしょうか?

悪い事をした我が子を注意した大人を詰る親。
我が子の目の前で平気でマナー違反をやってのける親。
我が子の出来の悪さを友達やインターネットやアニメやゲームなどと言った周囲のせいにしか出来ない親。
………そして、我が子が道を外れるのを、自分自身ではなく、法や警察を使ってでしか矯正出来ない親。
もちろん、世の大多数の親はそうでは無いと思う(信じたい)のですが、どうも上に羅列したダメ親がやたら目につくような気が私はします。

まあ、子供も育てた事のない奴が気楽な事を言っていると反論されたらそれまでなんですが。
(特に少年法において)厳罰化を求める動きと言うのは、結局は子供を抑えれない大人の自信の無さの現れかもしれないと私は思う訳です。
厳罰化によって、表面的には穏やかになっても、実は陰にこもって更に陰惨な事になる可能性もあるわけで。
暴論ですが、むしろ子供の刑罰を親がかぶると言うような連座制の強化の方がかえって効果があるような気がします。
親の権利と書いて親権と書くわけですが、権利とあるからには当然義務もあるわけで。
少なくとも、社会に対して迷惑をかけるような子供を育てた親が、制裁を受けるのは義務ですらあるような気はしています。

しかし、こんな事を考える私は、やっぱり古いタイプの人間なのかなあ。(汗)