やね日記

或る大阪在住Mac使いの道楽な日々

憲法改正は手段であって目的ではありません

二度目は笑劇の憲法改正論議
Kousyoublog より。

個人的には憲法は「天壌無窮の神勅」ではないので、時代の要請に従って改正がなされるのは当然のことと思っています。
そもそも日本国憲法は、大日本帝国憲法を「改正して」成立しているわけですしね。そのことは、前文の前に昭和天皇が「枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可」したと上諭(公布文)に記していることからも明らかであるわけです。
日本国憲法公布時とは時代は大きく変わっているわけですし、むしろ国家運営の足枷になるならば、広く主権者たる国民から意見を問い、時代に即した憲法へと修正していくべきなのは当然の理であると思います。

しかしながら、あくまでも憲法改正は我が国の国家運営が円滑になされるための手段であるべきであって、憲法改正そのものを目的にしてしまうと、かえって議論が重箱の隅をつつくようなものになりかねないと思います。
特に日本国憲法第九条だけを象徴的に議論するのは、まさに重箱の隅をつつくような議論でしかないと思います。
例えば、二院制を変えようとするならば、当然ながら憲法改正が必要ですし、将来の国家の有り様を考える上では、憲法は改正される必要があるということは認識されるべきであろうと思いますね。

要は、時の政権がどのような憲法改正案を出してくるかというところですね。
そこが肝心な点であろうと思います。