やね日記

或る大阪在住Mac使いの道楽な日々

真田丸第5回「窮地」

広告

第1話以来、何にもここでは触れていなかった真田丸ですが、もちろん、ずっと見てました。
いやあ、毎回ツボにはまりまくりで、横で一緒に見てるカミさんに苦笑いされるぐらい笑いまくってました。
三谷脚本の良いところも悪いところもたくさん出ているとは思うのですが、個人的にはこういう大河もありなのではと思っています。

泥臭い昌幸親父

毎回感じるのは、昌幸親父の泥臭さです。
迷う、暴れる、とぼけまくるの奔放ぶりで、とにかく、息子たちも家臣たちも国衆たちも振り回されっぱなし。
特に長男信幸は、気苦労が絶えなさそうで可哀想なぐらいですね。
ただ、表裏比興の者と評された昌幸を余すことなく表現しているとは感じます。

泥臭い神君伊賀越え

今回は、戦国の名場面の一つである神君伊賀越えが描かれていたのですが。
………今まで色々な大河や歴史ドラマを見てきましたが、ここまで泥臭いというか情けない神君伊賀越えは初めて見ましたね。
ぼやいて、キレて、ヤケクソになる神君家康公。
なかなかの新境地だとは思いました。
それ以前に腹を抱えて大笑いしましたが。

死力を尽くして生き抜いたことの証明

ここまで面白おかしく書いてみましたが。
今でこそ、真田昌幸徳川家康の生涯を我々は知っているわけですが、当時は先が全く見えない戦国時代だったということは分かっておくべきだとは思うわけです。
だからこそ、生き残るために死力を尽くした。その言葉に尽きると思いますね。
伊賀越えに失敗してたら、後の東照大権現はなかったでしょうし、仕える主を誤っていたら、後の謀将真田昌幸もなかったでしょう。
正に紙一重だったわけです。
だからこそ、死力を尽くして生き抜いたこと、そして、生き抜けたことに意味が出てくると思います。
神君伊賀越えという「神話」で語られる堂々とした家康像や表裏比興の者と評される謀将としての昌幸像ではなく、必死に考えに考えて、考え抜いた挙句に生き残ろうとした生々しさを描くことが、歴史を描くことであり、この真田丸の真骨頂なのかなと思いますね。

なので、これからもまだまだ期待したいと思います。
良い意味で大河ドラマの定石を覆すことを更に期待しています。