やね日記

或る大阪在住Mac使いの道楽な日々

メソポタミア河内

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今、日経でメソポタミア河内という連続ものの記事が掲載されてまして、なかなか興味を持って読んでいます。
ちなみに河内とは大阪府の東部一帯をさし、昔の大和川が南北に流れていたために、その大和川(河)の下流域の地という意味で河内と呼称されたそうです。
まあ、河内という言葉は、その地名よりも河内弁や河内音頭の方が有名ですけどね。(汗)

ところでその河内の名称の元となった大和川ですが、現在の大阪府内を流れる大和川が人造の川であることを知る人は思ったよりも少ないですね。
現在の大和川は、江戸時代に幕府によって付け替え工事が行われて完成したもので、これによって長年河内地域を苦しめてきた水害が緩和されたという話です。
ちなみに今の大和川が摂津(大阪府北西部)と和泉(大阪府南西部)の境だと思っている人もいるようですが、これは間違いでちょっと南の堺市が摂津・和泉・河内の国境になっています。だから堺(境)市なわけです。ちなみに、その三国が接している地と言う意味で三国ケ丘という地名もありますし、三国が接しているので方角が無いという意味から厄払いで有名な方違(かたたがえ)神社も鎮座しています。

話を元に戻しまして。
先に挙げたメソポタミア河内では、その付け替え工事の事情なども書かれているので、読んでて飽きないです。
まあ、ある程度の文量がまとまったら書籍化はされると思うのですが、多分買うだろうなあ、と。
基本的には世界史や経済史が大好きなのですが、ついつい郷土史にも魅かれてしまいますね。 やっぱり、歴史全般が好きなのかなあ。