やね日記

或る大阪在住Mac使いの道楽な日々

愛国心というよりは利己主義からどれだけ脱する事が出来るかだと思います

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人を殺してはいけない理由を問う若者や自分だけ幸せに暮らせればいい人間が増えていることへの危機感には、私自身とても共感を覚えました。
確かに「あからさまに」楽をして生きたいという人間は増えているような気がします。
親の所得にぶら下がって生きていける「大人」も多いみたいですしね。
在学中に父親を亡くして、スネをかじるどころか母親の老後についても考えていかないといけない身にとっては、大変羨ましい環境の方も少なからずいらっしゃるようです。

ただ、その事と愛国心を結びつけるのは、いささか性急に過ぎるかなと思います。
要は、自分一人が得をしようとする自分自身の醜さを、どれだけ自身で理解出来るかだと思うのです。
国といっても、結局は人間が作り上げた人工物でしかありませんしね。
自分が得をした分を還元しようとする対象として国を選ぶのも一つの方法だと思うのですが、それが全てだと考えてしまうのは、愛国心を利用しようとする輩にいいようにされてしまうだけだと思うのです。 「民族の誇りをとりもどそう。祖国を愛しよう。伝統文化を守ろう」
一見、何の変哲もない言葉ですが、この言葉を発した歴史上の人物を私は知っています。
ヨーゼフ・パウルゲッベルス
………言うまでも無く、ナチス・ドイツの宣伝相です。

勘違いしないで欲しいのですが、私は愛国心を持つ事を全否定するつもりはありません。
ただ、愛国心などに代表される感情的な考え方が、時には社会に大変な災厄をまき散らすという歴史的な事実について無関心ではいられないだけです。
ですが、このように書くと、左翼だとか朝日新聞の手先だとか言う人間が必ず出てくるんですよね。
そんな右翼とか左翼なんていう二元的な考え方は、冷戦が終結した時に絶滅したと思っていたのですが。(苦笑)

………話がそれましたが。
何にせよ、どれだけ自分自身を客観的に見れるか、この事に尽きると思います。
それがなかなか難しいことなんですけどね。
まあせいぜい、自分をバランス良く見れる人間でありたいものだと思います。