今日のNHKで、石原莞爾が取り上げられていたので少し見ていました。
陸軍中将石原莞爾。
歴史上、評価が真っ二つに割れる人物の一人です。
関東軍参謀時代、柳条湖爆破事件に端を発する満州事変の首謀者として、満州国建国などを推進、後の軍部の独走の端緒を開いた人物として批判されながら、一方で中国大陸への侵攻に反対し、対米戦争の敗北を予言するなど、その軍事的な洞察力を絶賛する人もいます。
事の善悪は別にして、いかに敵である奉天派軍閥の総帥、張学良の非交戦の方針があったとは言え、わずかな期間で満州全土を制圧した彼の手腕は非凡であると言わざるを得ません。
ただ、確かに彼は天才とも言える存在だったのですが、彼の周りの人物が必ずしもそうでなかったのが、彼にとっての不幸であったのかもしれません。事実、軍部の大勢は石原の思惑とは別に戦線の拡大へと邁進していきます。そして、その軍部の暴走によってもたらされたのは、幾度もの戦火に見舞われて蹂躙され荒廃した我らが祖国でした。
結局、悪かったのは満州事変において軍部の独断専行の端緒を開いた石原莞爾だったのでしょうか?
それともその尻馬に乗って長期戦への泥沼へと突き進んだ軍部とその支持者たちだったのでしょうか?
答えは容易に出そうにありませんね。