やね日記

或る大阪在住Mac使いの道楽な日々

スキマを突かれないための憲法改正論

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民主主義国家における武官の有り様について、深く考えさせられる文章でした。
何のために文民統制があるのか。過去の軍隊の暴走の歴史を振り返れば、容易に理解は出来ると思うのですが。

ただ、こういう憂慮すべき事例も出てきていますし。いずれにせよ自衛隊という武力がある以上は、誤解を恐れずに書けば、やはり憲法の改正は必要だと思います。
自衛隊が暴走するという可能性に一定の歯止めをかけるために。
戦前の軍部の暴走については様々な要因が指摘されていますが、旧帝国憲法第11条の天皇統帥権の規定と軍部官制勅令に基づく軍部大臣現役武官制などによって、軍部が内閣や議会から半ば独立していたのが大きな要因の一つであったのは否定出来ない事であろうと思います。
ひるがえって現憲法を見てみると、武力に対する文民統制の規定がありませんね。
当然です、軍事力の放棄を現憲法で謳っているのですから。
ですが、この条文に書かれていないというスキマが、旧帝国憲法統帥権の規定以上の危険を孕んでいるのではないかと私は思います。

何度でも書きますが、憲法は天壌無窮の神勅ではありません。
不都合や欠点が後から見つかれば合議によって修正すればいいのですし、人が作ったものに完璧なのがあるわけでも無いでしょう。
あのナチス時代を経験したドイツでも基本法は何度も改正されています。(まあ、東西ドイツの統一もありましたし、ドイツのそれが基本法と呼ばれているように今でも暫定的な憲法という性格を有している部分を割り引く必要はあるかもしれませんが)
憲法はあくまでも、国の有り様を条文化したものに過ぎないと思います。
主権者たる国民の大多数の合意があれば修正する事も必要だと思いますし、要は国民が我が国をどのような方向に持って行きたいのかという考え方次第だと思います。
ただ言える事は、民主主義の枠組みにおいては、国民は誰もが結果に対する責任から逃れる事が出来ないという事だろうと思います。
そのためには、どのような些細な事であっても、声を上げる事は必要だと思いますね。