やね日記

或る大阪在住Mac使いの道楽な日々

キディ・グレイド The 24th talk As Time Goes By −終焉−

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さて、いよいよキディ・グレイド第24話の感想を。
しかし………本当にセンスの良いタイトルです。>As Time Goes By

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復活を果たしたものの、デュカリオンとシンクロしたアールヴの猛攻は更に続きます。

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ここで一計を案じるエクレール
「大丈夫。私、絶対に死なないESメンバーでしょ?」
怒りよりも同情、自分よりも他人。
これこそが彼女の彼女たらしめているものなのでしょう。

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そして、終焉。
瀕死のシュバリエの最後の願いを聞き届けるエクレール
宇宙規模の経済を左右する顕職に就きながらも、結局、彼は子供の頃の決意のまま、人生を突っ走ってしまいました。
ですがエクレールの想いとは裏腹に、彼自身は満足だったのかもしれません。

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美しい地球を見つめる人々と、変容する宇宙惑星連合。
「原器惑星」から「人類の故郷の惑星」への変容は、ノーヴルズによる人類支配の一角が崩れたことを象徴しているように思えます。
むろん、ノーヴルズが一挙に力を失うことなどはありえませんけどね。
ただ、時間をかけて融和をしようとする未来が暗示されていて、それはそれで未来に対する展望が明るく描かれているみたいですね。

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象徴的なこのシーン。
この作品では、いつでも子供にスポットが当たっていたように思います。たびたび出てくる少年少女たち、少年時代のシュバリエ、そして少女姿のエクレールリュミエール
この作品のタイトルである「キディ・グレイド」、訳のセンスが無い私は、そのまま少年期なんて訳を当ててましたが、この作品名に込められた意味と先の少年少女たちとは無縁では無いと思います。<説明を求められても困りますけどね、あくまでも感覚的なことなのですが。

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そして、物語はメビウスの輪のように。
第一話との微妙な違いが、これまでの彼女たちの歩みの軌跡を示しているように思えます。
As Time Goes Byー時の過ぎゆくままに彼女たちは生きてきました。そして今もそうであり、これから先もきっとそうでしょう。
アームブラストの言葉ではないですが。「無理をせずに」生きて欲しいと思います。
永遠の時を生きているとは言っても、歩んだ後に道が出来ているのは常人と何ら変わりはないのですから。

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さて、いろいろとこの作品については書き散らしてきたわけですが。
久々に見ていて楽しい思いをさせてもらった作品でした。
途中からは、何かヒートアップしまくりだったのですが、それだけ私にとっても感想を作るのが楽しかったりしたわけです。

でも、この作品はまだ続きがありそうな気はしています。
小説版に出ていたあの二人の存在もありますし、まだまだ謎のエピソードも満載ですしね。
だから、敢えて書いておくことにしましょう。
次回も楽しみだなあ、と。

………おそまつでした。